名古屋と旅と、ときどきひとり言 〜ことばで残したい〜

最初は結婚式の準備を書きたくて始めたブログですが、主に私の日記です。未来の自分へのプレゼントとして書き残してます。昨年の12月から今年の3月まで東南アジアを旅してました。今は名古屋にいます。

運命の人の定義

先月、iPhoneYou tubeのアプリをダウンロードした。

そしたら音楽専用のアプリもあり、 ここ最近はそのアプリで音楽を楽しんでいる。

これ開発した人すごいなあと感心しながら。。。

 

よく聞くのはオフィシャル髭男dismの曲。

Pretenderはすごくいい。

 

歌詞で

「君の運命の人はぼくじゃない」という箇所がある。

そこで私は「運命」の定義について考えてみた。

確かに独身の若い男女にとって運命の人とはもちろん結婚相手のこ と。

私もこの歌を聴くまではそう思っていた。

そして独身の時、 私は私の運命の人はどこにいるのかなっていつも思っていた。

 

でも最近になって、 運命の人の定義はもっと広くてもいいんじゃないかなと、この歌を聴いて思い始めた。

 

「僕にとって君は運命のひとじゃなかった。 でも離れられないくらい好き。」

と歌にはある。

じゃあ、そのままでいいじゃんか。

と私は思う。

運命の人ではなかった、つまり結婚相手ではなかった。

じゃあそこでお別れするのかな。

 

それじゃあなんだかあまりにももったいない気がする。

もったいないよ。。。

 

人生の中で、 心から自分が好きだと思える相手にどれくらい出会えるのか。

そんな相手に出会えること自体が本当に素晴らしいことだと私は思 う。

 

それを「運命の人」 という枠にあてはまらないからお別れするだなんてあまりにももっ たいない。

 

結婚するまで私もそう思っていた。

付き合っていた彼がいて、 私は結婚したかったけどでも彼は結婚はまだしないという。

この場合、彼は私の運命の人ではなかったということになって、 私は他の運命の人をさがすために、その彼氏とはお別れしないといけない。

誰かと結婚したい。だからその人をさがしたい。 運命の人を探したい。運命の人はどこにいるんだろう。 そんな焦る気持ちを持っていた。

今は結婚して、毎日「運命の人」である夫と暮らしている。

運命の人と私は毎日一緒にいる。

 

そこでこの歌を聴く。

そこでそう思ったんだ。

 

「運命の人」の定義ってもっと広くてもいいよね、と。